• Page 1 of 2
  • 1
  • 2
  • >

HFA企業訪問インタビュー 第6回

2012-05-29-火

株式会社 シー・シー・デー 「CCDカメラによる外観検査のパイオニア企業」

訪問先 : 株式会社 シー・シー・デー
所在地 : 〒192-0046 東京都八王子市明神町1-25-11
電  話 : 042-646-6679
ホームページ : http://www.ccdimage.co.jp
E-Maill : sales@ccdimage.co.jp

01_CCD会社外観
02_西川さん

 第6回のHFA会員企業訪問は、創業30周年を迎えた、業界きってのパイオニア企業 株式会社シー・シー・デーさんに訪問し、西川社長と西川さんにお話を伺いました。
(取材日:2012年3月1日)

  

HFAメンバでもある西川信一さんの紹介

 西川信一さん(以下西川さん)は、戦国武将真田一族の活躍した長野県上田市で、昭和51年12月30日(年の瀬の慌しい時に)に西川家の長男として生まれた。
西川さんは、幼稚園?高校まで八王子市ですくすく育ち、都内神楽坂にある東京理科大学学部(第2部)に進学。その時、親からの自立をはかり一人暮らしを始め、昼はヤマト運輸でアルバイトをしながら勉学に励む青年だった。西川さんは大学2年を過ぎようとした時に大学を辞め、ヤマト運輸に正社員となって働く事を選択する。
そんな人生を歩む西川さんに人生の転機が突然訪れる。
先代社長であり父親である西川信夫さんが、1998年(平成10年)突然の他界。家業である「株式会社 シー・シー・デー」(以下シー・シー・デー)は、現社長であり母親の西川良子さんが引き継ぐ事になった。長男である西川さんは、八王子に戻り母親の力になるべく道を選択する。
しかし、八王子に戻った西川さんはシー・シー・デーで、今の自分には何も出来ない事に気づく。そこで、再度専門知識を身に付けるため、日本工学院専門学校 電子電気科へ入学した。余った時間はシー・シー・デーでアルバイトの時間にあてた。そうして、卒業を機にシー・シー・デーへ正式入社をして現在に至る。
趣味は多彩で、バイク,自転車、そしてカメラ。カメラは新しいもので2台、レトロなものも3?4台所有しているとの事。
エピソードとして、小学生の時から親にカメラをおねだりしていた。中学生になった時、八王子に「ヨドバシカメラ」がやってきた。新装開店した「ヨドバシカメラ」で初めて自分だけのカメラを親からプレゼントされる。余程嬉しかったのか、小学生の様な笑顔で我々に語ってくれた。カメラの腕前はかなりの物で、本「HFA」のサイトにも、西川さん作品が随所に使用されている。まさに、父親のDNAを引き継ぎ、家業の業務に繋がる趣味である。

03_カメラが好き

カメラが好きな西川さん

  

株式会社シー・シー・デーとは

 シー・シー・デーの事業内容は、「CCDカメラによる外観検査のパイオニア企業」とある。
今年の2月に創業30周年を迎えた、業界きってのパイオニア企業である。
まず、最初にお見せ頂き実演までして頂いたのが、下への画像処理装置 PRO-7。

04_画像処理装置

画像処理装置 PRO-7とは、ラインカメラからのデータを二次元画像として入力し、一般のCCDカメラ(NTSC方式)の分解能では満足できない高精細な画像計測が可能な装置。研究用として、またFA用シミュレーションマシンとして、幅広くご利用されている。
その他にも、実機の実演は出来なかったが、外観検査装置 GK?2000や錠剤検査装置などの説明等をして頂いた。

 04_検査装置の準備をする西川さん  05_検査装置

検査装置の準備をする西川さん

穴の大きさごとに結果を表示する

写真下は、展示会で実演していた錠剤検査装置。外観検査装置GK-2000。

06_検査装置

ベルトコンベア上を並列に流れる錠剤の表裏の画像をラインカメラで入力、パソコンで画像処理を行い、表面の汚れ・異物・割れ等の外観不良を検査できる。オプションで側面の外観検査できる。不良を検知すると信号を出力し、不良品を排除、画像・データを保存できる。錠剤をベルトコンベアで運ぶ為、検査による錠剤の破壊が少なく、目視検査ラインへの組み込みが容易。
簡単に説明すると、今まで人の目で検査し、頭で良否の判断をして、人の手で仕分け作業していた作業を、ラインカメラの目で確認、パソコンで良否の判断をして、FA装置で仕分け作業すると言った様なすばらしい装置の開発設計、製造,販売をしている会社である。

今後の事業展開について

代表取締役で母親でもある西川良子社長にも御参加頂き、西川さんにシー・シー・デーにおける今後の事業展開についてお話を伺った。
CCDカメラ(ラインセンサ)による外観検査装置のニーズは、今後も増え続けるであろう。その時代のニーズに取り残されず、さらに新しい技術開発に努め、業界しいては、日本を豊かにする為に、努力を続けて行きたいと力強く語って頂いた。昨今の世界的な不景気によるコストダウン要望も増えている。
3.11の震災やタイの洪水などで、部品入手に困った時もあった。製品が完成しているのに、客先に納入できず売上げが先延ばしになった事もあった。
30年くらい前は、ニッチな産業だが業界の先端を走り続けてきたつもりであるが、計測装置業界大手のCCDカメラによる検査装置への参入など、周りの環境も変化してきている。
しかし大手企業にはできない細かなサービス・保守ができる事が、我々中小企業の強み。厳しい側面もあるが、最新の技術製品を提供し続けていく事で対応していきたいと考えている。
社長は自分が元気でいる間にシー・シー・デーの技術力、魅力の向上にもっと努力をして欲しいと考えている。

07_西川さん

現在、ハードウエアーを中心に作業をしているが、ソフトウエアーも勉強をして社内全体を管理,経営出来る様な人間になって欲しい。社内で自分のブレーンとなるべき人を育て、心身共に人間として成長して欲しいと望んでおられた。
西川さんは、はちおうじ未来塾を1期生で卒業した。今、自分を振り返ってみると事業承継については、余り考えていなかったそうだ。しかし今は、はちおうじ未来塾で多くの出会いがあり、その卒業生達で立ち上げた「HFA」(Hachioji Future Associaition)という組織の中で、多くの企業を見ることができたことが、自分にとってとても貴重な財産だと語った。シー・シー・デーもその組織の中で、すばらしい企業の1社と言われる様に頑張りたい、と力強い誓いを立てていた。

◇◇◇ 編集後記 ◇◇◇

 今回は、私、小川と今井記者、若林記者、坂本記者の4人での訪問でした。
「株式会社 シー・シー・デー」の事業は、今後も多くのニーズが期待され、応用如何によっては、多種多様な事に利用されていく可能性を秘めた事業であると感じました。
西川社長率いるシー・シー・デーが、西川さんに承継された時、どの様な企業になっているのか?限りなく近い未来に起こる事に期待が膨らみます。
親子だからこそ真剣に取り組むその姿は自社を愛する所以だと感じました。
今回の訪問は、社員を含め真剣に事業に取組む企業を訪問できたと思う。(ちょっと羨ましい。)記者4名、とっても貴重な体験をさせて頂きました。
西川社長,西川さん、そして「株式会社 シー・シー・デー」社員の皆さん、御忙しい最中での企業訪問の受け入れ、有難う御座いました。

HFA企業訪問インタビュー 第5回

2012-02-22-水

株式会社 造研 「お客様に喜ばれる省力化機器メーカーを目指して」

訪問先 : 株式会社 造研
所在地 : 〒192-0355 東京都八王子市堀之内2-21-9
電  話 : 042-675-2111
ホームページ : http://www.zouken.co.jp
E-Maill : info@zouken.co.jp

01_造研外観

 第5回のHFA会員企業訪問は、省力化機器を開発・設計・製造・販売している株式会社造研さんに訪問し、代表取締役社長の増渕隆氏と取締役営業部長の坂口晃氏にお話を伺いました。
(取材日:2011年10月12日)

?02_坂口さん

  

HFAメンバでもある取締役営業部長、坂口氏の紹介

 1968年生まれの現在43歳。神奈川県生まれ。電気通信大学短期大学部を卒業。通信専攻課程を修了後、通信総合研究所(当時の郵政省管轄)に入所。船舶用のレーダー、無線機の型式認定等の業務を行っていた。元々宇宙開発に興味があり、この道を選んだそうだ。
 しかし、学生時代に現在の会社である株式会社造研でアルバイトをしていた際の、ものづくりの楽しさ、奥深さが忘れられず、1993年10月、造研に入社する事となる。当時はバブル崩壊直後で社員数も1/3に減少していたが、造研の代表取締役である増渕社長が快く入社を認めてくれたそうです。2003年に取締役に就任。
 坂口取締役は、次期後継者育成塾「はちおうじ未来塾」の4期生として卒業し、現在未来塾OB団体「HFA」に所属。現在も精力的に活動を行っている。将来は造研を担う次期社長候補として活躍中である。
 現在の趣味は?と尋ねたところゴルフを始めてみたいとのこと。最近ゴルフクラブを購入。ひそかに練習しているとの努力家だ。

  

株式会社造研とは

 株式会社造研は卓上型定寸切断機、電線加工機、エア緩衝材製造機など、省力化機器の製造・販売メーカーで、今年で32年目の企業である。代表取締役である増渕社長が立ち上げた会社で、立ち上げから25年は、半導体製造装置やバーコードプリンター等の産業用機械を造る、いわゆる下請け会社として、製品の設計開発から製造までをおこなっていた。
 そして2005年に会社としての大きな転機が訪れる。古くから開発事業などを協力していたメーカーが、自社ブランド製品である卓上型定寸切断機などの生産を中止、事業撤退を決定し、その事業を造研で引き継がないかとの依頼があった。その時は営業部門も無く、メーカーとして事業を引き継ぐか否か意見が分かれたが、増渕社長、坂口取締役、2人の強い思いで事業の引き継ぎを決定したそうだ。
 2005年当時は自社製品と下請け製品の割合が3:7程度であったが、現在では9:1にまでなっており、下請けからメーカーへの転換が着実に行われている。

 緩衝材製造機PACO140  04_緩衝材を膨らませているところ

緩衝材製造機PACO-140

緩衝材を膨らませているところ

 05_電線ストリッパー(正面)  06_電線ストリッパー

電線ストリッパー(正面)

電線ストリッパー

 07_製造途中の製品  特注の切断機

製造途中の製品

特注の切断機

今後の事業について

 「これからも省力化機器メーカーとしてお客さまに喜ばれる、信頼されるメーカーになりたい」そして「将来的には国内シェアを広げ、海外進出も視野に入れたい」と増渕社長は語って下さった。そして現在62歳である増渕社長は「3年後の65歳をめどに坂口取締役に事業承継をしたい」ともおっしゃっておられた。
 最後に「社長はバランス感覚が大事。坂口取締役はしっかりそれを兼ね備えている。向上心を大事に彼なりのやり方で会社を引っ張っていってほしい」と坂口取締役への熱い思いと期待を語って下さった。

?09_増渕社長と坂口さん

◇◇◇ 編集後記 ◇◇◇

 今回の企業インタビューは橋本記者、徳丸記者、山本の3人で取材させて頂きました。同じ製造業として部品、工具類の整理整頓の仕方や、主力製品の機械構造など丁寧に説明頂き、取材を忘れ大変勉強になりました。
 取材を通して、増渕社長のものづくりへの情熱と飽くなき探究心、そして増渕社長の想いが坂口取締役にも確実に受け継がれていると感じました。(山本)
 増渕社長からのメッセージとして、団塊の世代に育ち当時やるべきことが明白だったので簡単であった、今後の社長業は昔の社長業にはない難しさがあるので是非頑張って欲しいと言われました。今回訪問させていただいた3人、次の世代を背負っていくものとして現社長より色々なお話を聞けるのは大変貴重な時間でした。
 増渕社長と坂口取締役の関係も写真を見てもわかるように大変信頼し合っているのが分かります。(橋本)
 増渕社長、坂口取締役お忙しい中、御協力誠に有難うございました。

HFA企業訪問インタビュー 第4回

2011-10-10-月

株式会社相武企業「生命ある建物をとどけたい…建設業の新しい付加価値を求めて」

訪問先 : 株式会社 相武企業
所在地 : 〒192-0031 東京都八王子市大和田町2丁目13-6
電  話 : 042-660-1818
ホームページ : http://www.sobu-kigyo.co.jp
E-Maill : sobu-kigyo@nyc.odn.ne.jp

 第4回目の会員企業訪問先は、八王子を中心に総合建設業者として、幅広く事業展開している「株式会社 相武企業」を訪問し、代表取締役の前田定男氏、後継者である前田将始氏にお話を伺った。(取材日:2011年9月14)

  

相武企業とは

 相武企業は、公共施設、ビル、マンション、学校、会社社屋、寺社仏閣、道路工事まで、社員総数15名で工事完工高15億円を売り上げる会社である。
 社員一人当たり1億円を稼ぐためには、ある意味、建物を造るという事では製造業であるが、建築の専門分野の協力会社の力が不可欠である。
 その協力会社の数は128社にものぼり、そうした技術と力が相武企業を支える一つの力になっている。
 創業より24年を迎えるが、代表的なものを含め、これまで、300件以上の建物の施工を請け負い、官公庁格付けでも高い評価を受けている。

  

創業者、そして後継者へ

 創業者である前田定男社長は、26歳より八王子の建築会社に就職。
 数々の建築現場を歩きながら勉強したそうだ。ちなみにめじろ台の天海山雲龍寺は、前田社長が現場監督修行時代に建てたそうで、五重塔の天辺までクレーンのフックでのぼり、建物の仕上がりぐらいを確認されたとのこと。東京オリンピックの頃に建てていたとはいえ、現在のような高性能な高所作業車もなかったのだろう。クレーンのフックにぶら下がり、約20mの高さまで上り作業にあたったという、その勇気と仕事への情熱は見習うべきだろう。

 そんな前田社長でも「これまで出会った人は、100名を超えているが、記憶に残る人は数えるほど。そのなかでも自分と同じように起業し、継続して事業をしているのは3人だけ。」と、創業し継続することの難しさを語ってくださった。
 また、「商売は、ホームランを狙わず、バントヒットで行なうべき。創業者は感性が必要。わがままは創業者の夢や希望ともいえるが、今の時代は、”理詰めの経営”が必要。」とも話していただいた。

 後継者である前田将始氏からは、今後の相武企業について「建設業は、普通の製造業のように新しい技術を開発したりは簡単にできない業種である。これからを生き残るために建設業での付加価値を見出したい。既存の技術であってもお客様に喜ばれる、かゆいところに手が届く、身近に感じてもらえる。まずは、そういったところから始めたい。」と、会社への考えや思いをお聞きすることができた。

現場入りする取材メンバー

訪問した現場の全景

 もちろん、現在進行形の現場にも訪問する。現場内は整理整頓が行き届き、足元まで清掃も行なわれており、工事が落ち着いて進められていることがみてとれた。工程管理、安全管理がしっかりとされていて、現場内の作業をされている方々に周知が行き届いている証拠であると思う。
 今は、HFAメンバーの?桂精密第二工場の外壁塗装工事を掛け持ちで行なっているとのことだ。

建設中の現場

本社にあるモニュメント

塗装工事中の桂精密様

◇◇◇ 編集後記 ◇◇◇

 今回は、私(加藤)と大久保記者,北島記者の3人で訪問しました。
 大変印象深かったのは、前田社長の言葉と建設現場のきれいさです。少しの時間ではありますが、社長の人当たりの良さと生き様に関してのお話は、大変勉強になりました。
思わぬつながりもあることもわかり、人の縁とは面白いものだと思うと同時に、またお時間をいただき、お話を聞かせていただければ幸いと思いました。
 またちょっと気になったのは、本社にあったモニュメントです。何を意味しているのかは、凡人の私にはわからなかったのですが、今度お伺いした時には、聞いてみたいと思いました。
 また、仕事において「やるべきところは徹底する」という部分は見習わなければならないと感じた次第です。
 仕事もお忙しい中、快く迎えてくださった社長様、また、現場を見ながら対応いただいた将治氏に感謝です。取材のご協力、ありがとうございました。

  • Page 1 of 2
  • 1
  • 2
  • >